2020年05月05日 23:43
数の子を歯の上に載せてパチパチプツプツと噛む、あの響きが良い。音が味を助けるとか、音響が味の重きをなしているものには、魚の卵のほかに、海月、木耳、かき餅、煎餅、沢庵など。そのほか、音の響きがあるためにうまいというものを数え上げたら切りがない。数の子も口中に魚卵の弾丸のように炸裂する交響楽によって、数の子の真味を発揮しているのである。もし数の子からこの音の響きを取り除けたら、とうていあの美味はなかろう。それゆえ、歯のわるい人には、これほどつまらないものはないだろう。
かずの子を食うのに他の味を滲み込ませることは禁物だ。醤油に漬け込んでおくことも禁物だ。干し数の子は、包丁で切ると、どうもおもしろくないし、美味くもない。これはやはり指先でほぐしたものにかぎるようだ。水にもどしてやわらかくなったものをよく洗い、適当の大きさに指先でほぐし、花かつおまたは粉ガツオのよいものを、少し余計目にかけて、その上に醤油をかけ、醤油があまり卵の中に滲み込まないうちに食うのが、数の子を美味しく食う一番の方法である。しかも、これが従来、世間でふつうに行われている方法である。
かずの子の親漁、ニシンの生は煮ても焼いてもさほど美味くないが、これを一旦四つ裂きにしたのを乾物にし、それをまた水でもどしてやわらかくし、その上、料理したものは立派に美食として取り扱い得る力を持っている。
かずの子には、口中でパリパリ炸裂せず、型のごとき音の響きを発せず、シコシコ、ニチャニチャして、少し渋味のあるようなものがあるが、それは卵が胎内において成熟していないのである。いわば臨月間際のものではなくて、妊娠五か月六か月程度の未熟なものである。このような成熟しないものは、いかに数の子といえども、不味いものである。(昭和5年)~魯山人著作集 第三巻 料理論集 北大路魯山人著より