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2020年10月26日
伯爵の恋愛譚 ― 中期の作品群とは性質を異にする情感が込められた〝ロマンティック・ソナタ期〟を開いたソナタを聴き比べる。

生涯ピアノ・ソナタを書きつづけたベートーヴェンですが、この27番は「ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調《告別・不在・再会》」以来4年ぶりのピアノ・ソナタ。
ライプツィヒの戦いでナポレオン率いるフランス軍が敗退したことにより、ヨーロッパの勢力図は大きく塗り替えられようとしていた。この頃、ベートーヴェンは各地で有力者らに囲まれ、名士としてその名が広く知れ渡るようになる。
一方で、創作活動においては長期的なスランプに陥っていた。戦争に起因する様々な不都合、進行する聴覚の衰え、経済的な苦難、結婚への望みが絶たれたことによる失意により、作曲の筆は遅々として進まなくなっていた。さらにオペラ『フィデリオ』初演の準備にも時間を割かねばならず、これらが相俟ってピアノ・ソナタのジャンルでは『告別ソナタ』以来、4年の歳月が流れていた。
浄書譜には1814年8月16日と書き入れられている。曲はウィーン会議のイギリス代表に『ウェリントンの勝利』への報酬支払いを働きかけてもらったことに対する返礼として、モーリッツ・リヒノフスキー伯爵に献呈された。
この曲はリヒノフスキーの恋愛譚を音化したものだと伝えられている。この曲はアントン・シンドラーによれば、「第1楽章は『理性と感情の戦い』、第2楽章は『恋人との対話』である」と書くべきものだと、ベートーヴェンが語ったのだそうです。
作曲者はこの頃から、発想表記にドイツ語を使用するようになる。並行して楽譜中への強弱や表現に関する書き込みが増加しており、歌謡的といえる長いフレーズが取り入れられていたりと、中期とは違った、後期作品の特徴 ― 自らの目指す音楽をより正確に記述しようという意志が垣間見える。
小節線をまたぐ長いスラーを付して歌謡的旋律を中心に据えた構成はシューベルトにも影響を与えた。第22番に続く全2楽章のピアノ・ソナタであるが、短いながらも高度な作曲技法が盛り込まれている。また、2楽章制ソナタを数多く遺した師のハイドンへの回帰と考えることもできる。
オペラや声楽作品とも関連する充実したものです。出版成立には、経済的な問題が絡んでいました。
ベートーヴェンは年金収入だけでは解決できない経済的苦境を、作品出版によって改善しようと努める。これまで主要作品はほとんどブライトコップフ・ウント・ヘルテル社から出版してきたが、このころから地元ウィーンのアントン・シュタイナー社から主に出版するようになる。2年前に弟カールの経済的困窮を援助するために、シュタイナーから1500グルデンを借りて弟に与えていたのだが、カール自身は返済できず、ベートーヴェンが無償で作品を提供することになったのである。ピアノ・ソナタ作品90、つまり当ソナタを無償で提供し、作品91〜97、113、115〜117、136の計12曲の出版権をシュタイナーに譲渡したのである。楽譜は1815年6月にシュタイナーから刊行された。
譲渡作品の中には交響曲第7番、第8番、ピアノ三重奏曲《大公》、《ウェリントンの勝利》など、近々のベートーヴェンの代表作が含まれていました。シュタイナーはこれらのパート譜やスコアだけでなく、ピアノ連弾や弦楽器だけで演奏できる編曲版も出版。これらの楽譜は作品の普及に大いに貢献し、ベートーヴェンも最終的には大満足だったようです。ベートーヴェン個人の生活を救済したばかりでなく、現代に於いて、いや、ベートーヴェンの死後から他の作曲家の作品以上に音楽を愛好する市民層に親しまれ、後世の作曲家の全てと言ってもいいほどに影響を与え、彼らの音楽の才能を刺激してきた。